28 September

お伽の国は能舞台デアル?

<はじめに>
※解釈に齟齬があったらごめんなさい。







連休中、能を観劇した。

「求塚」(もとめづか)

上演されることが比較的少ないらしい演目。
古墳にまつわる伝説を世阿弥がネタにした内容。

管理人・・・・「古墳好き」。
マイナーでキラリとするちいさな古墳をみつけるとなぜかテンションがあがる。
巨大な仁徳天皇陵とかあまりテンション上がらない。
(マイナーとマイナーで構成されてる精神世界。)
求塚は好きな古墳の1つで、特に最も好きな埋蔵物の
三角縁神獣鏡を出土した西求塚はemoji素敵な前方後円墳古墳。
だからこの演目が是非見たかった!!
・・・ま、それはおいといて・・。


能のことはあまりくわしくないし、
自分の解釈が間違っているだろうとは思うが、
「お伽草子」はアニメ作品の「能」ではないだろうか?と思った。

万歳楽の舞・能面・雅楽とそれを匂わせてはいるが、作品全体的が
そうではないか?と。

以前、この作品はツッコミ処が多い!と偉そうなこと書いたが、
話が「能の世界感」であるなら、全てが納得がゆくのである。

では、管理人が見に行った「求塚」の内容。

〈旅の僧が生田の地(現在の神戸)を通りかかったら少女たちが春の菜を
つんでいた。陽も暮れてゆき少女たちは帰っていくけど、一人の少女が残る。
その子はウナイオトメという古代の娘の霊で、自分に求婚した二人の男に
心を痛め、自分がいるから男どもが争うのだ!と自分さえいなければ、
と川に身をなげてしまった。それを知った二人の男も互いに心中する。
で、男二人の死の罪で地獄におとされ惨い責苦にあっている、
と僧侶に告白、回向を頼み再び求塚へ帰っていく・・なんとも救いようがない話。〉


今の感覚だとツッコミたくなる話です。
男二人に求婚されてどちらも悲しませたくないから自殺って娘・・・。
他に道はなかったのか?
好きな女の子が自殺したからって二人の男も心中ってどうよ・・。
行き過ぎじゃあ!!
(余談だが、世阿弥作品、しかも男二人が刺し違えて心中ってBLな香りが
するのだが。考えすぎか。)

辻褄があっていそうで、アレレ?って思わせる内容。

ざっくりシンプルな表現の中に濃いものをぎゅっと濃縮させているがゆえに
受け取りかたは観た人に委ねるという多面体な世界。
だからそのままの話を"直"にうけとるなら「話が荒唐無稽」で終る。
これが「お伽草子」にも通じるのでは。

能は登場人物が最小限、オトギもまた最小限だった。
(頼光の家来はもっといたはずだ!とかツッコミ言われてる。
最初の綱と二人だけで勾玉奪還の旅ってありえんとか。)


お伽草子の底に流れるテーマの1つが「鬼と人の邂逅」ではなかろうか?
・・・・と思っている。


この作品のシテ〈主役〉は実は万歳楽で、ワキが光側の方なのでは?
とさえ私は思う。

万歳楽は見事に二重の面を被っている。
〈麗しい舞人=ヒト〉と〈非道な破壊者=オニ〉・・・。

「オニ」に出会った「ヒト」の光。

光は「頼光」にはなるが「光」である。
2つの顔といいながら「光」は「光」なのである。
「ヒト」として「オニ」(異界のもの)に出会い因縁をつくる。

13幕分で充分「新作能」ができそうです。



2003~5年代。
現代の感覚からアニメ作品をみるとまだ粗い気もするが、
さほど遜色がないように見えます。

が、お伽草子はまるで時代が逆行している作品じゃないかと思うほど
何故か古い印象を受ける。
水墨画的で美しいが、画面が絵巻のひとつみたいに止まってみえる。
決して絵が汚いという意味ではなく手抜きでもない・・・・地味なのだ。


この作品が逆に
華美でキラキラな平安だったら私はここまで心引かれなかっただろう。

あの背景や全体の古い雰囲気はシンプルで深い・・能舞台を連想させる。
 



・・・万歳楽というめでたい名前ですが、
2000年代初頭に流行っていた「野村萬斎=安倍晴明」方面からではなく、
能の謡曲「高砂」の中の〈千秋楽は民を撫で・万歳楽には命を延ぶ〉から
きているのではないかと推測。
〈死なない〉を意味している名前。
(さんざ二次ネタにしている)東京編渋谷白犬が本編で万歳楽に対して的を
得たことを言っている。〈齢-よわい-なきもの〉・・と。

あと、勝手に発見なんだが、この謡曲「高砂」のもとネタになったという
古今集仮名序の「相生の松」に「松虫」の言葉を見つけたemoji
二人の名前由来がそこからきてるとするとものすごくうれしい。

実は「安倍晴明=野村萬斎」「蜜虫=松虫」のリスペクトだったら残念。(笑)


東京編は色合いを変えてはいるが、根底を流れるテーマは同じ。

異界の「オニ」が現世の「ヒト」と接触して破壊から➡今度はリセット
のために「オニ」が「ヒト」に接触してくる。


製作スタッフが「この作品は"万歳楽一座"による時代別公演」という表現を
していたように記憶している。

作品自体が「申楽」だったりするのかもしれないです。