05 August

光姫がゆく!(前編)

洛中に新月の日にだけ怪しい市が立つ・・
という噂を聞いた。



 光は、乳母に見つからぬように声をひそ
め、身の丈を縮め、厩の裏にある干し草置
き場に座り、厩番の少年と炊屋番の下働き
の少女から話を聞いていた。
光・・今年で10になったばかり。
浅黄色のかざみをたくし上げ、肩からすこ
し背まで伸びた美しい髪には干し草がくっ
ついている。・・童女から娘に変わる頃の
手前、その姿には美貌の姫としての片鱗が
輝きはじめていた。
・・が本人はまったく無頓着。
貴族の姫君たちの楽しむ貝合や、ひいな人
形の遊びなどはあまり好きではなく、兄と
ともに漢詩をそらんじたり、笛を習ったり、
玩具の竹でできたちいさな弓で、狙った
庭木の葉を打ち落とすことが好きだった。
兄・頼光が身分の上下にとらわれることな
く同じ年頃の子供たちと談笑したりするの
が好きで、屋敷の下働きの少年たちとも親
しく交流していた。父は、体の弱い兄が少
しでも楽しくすごせればと咎めることもな
かった。・・・光の乳母は、光姫がゆくゆ
くよき殿方と結ばれるように。もしも高貴
な殿方の目にとまれば姫として最高の道を
歩めるだろう、と心血注いで育ててくれた。
だから、世に言う「高貴な姫」としての立
ち居振る舞いをなさるように、と常に言っ
ていたのだ。身分の低い・・ましてや少年
と親しげに遊ぶなどもってのほかだった。
しかし、光にしてみれば同じ年頃の姫たち
と、苦手な歌を詠み合ったりしてまったり
退屈な時を過ごすより、下働きの子供達か
ら、わくわくするような外の世界の話を聞
いたりするほうが断然楽しかった。
「かあちゃんと野菜売りのおばさんと話し
てるのを聞いたんだけど、どうやらその市
には、鎮西から来た商人が遠い国からとど
いた薬や珍しいものを売ってるらしいの。」
炊屋番の娘が、かまどで煤けた顔を近づけ
て光に話してくれた。
「あ、オレもしってるよ。鎮西って太宰府
のあるとこだろ?ウワサじゃみたことのな
い目の色や髪の色をした奴もいるらしい。
なんでも遠い遠い国から船でやってきたん
だって。」厩番の少年が、くるくると手持
ちぶさたに干し草の一本を指で回しながら
言った。「何?それ?どんなの?」光は身
を乗り出して聞いた。「うーん、本当なの
かなあ・・目が青空の色みたいな色してい
て髪は金色なんだって。体はあの木位に
でっかいらしい。」指さしたのは庭の大き
な松の木だった。「え?それじゃあまるで
オニじゃないの?」光は目をまるく
した。「そうかもなあ。ウワサじゃ血の滴
る肉をばりばりと食うらしいぜ。」厩番の
少年はこわい表情でおどけた。
・・オニの居るという鎮西から持ってくる
珍しい品々!それを売っている謎の市!
こんなにわくわくする話はめったにない。
もっともっと聞きたい!
「なんでも、万病にきく薬や、体を丈夫に
する薬もあるらしくて貴族たちがこっそり
手に入れたいらしいのだけど、あの辺は危
なくてなかなか近づけないらしいよ。」
「あの辺てどのへんよ。」
「羅城門より東側の加茂川に近いあたりっ
て聞いたな。」
「羅城門・・・。」
−−−−−−−−門の向こうは死人の世界。
光はその場所の名を聞いてざわっとした。
幼い姫が行ったことがない場所だった。


「姫様!」
振り向くと乳母の浜里が仁王立ちしていた。
厩番と炊屋の子供たちが同時に額をつけて
臥せった。「浜里、この子たちに罰を叱らな
いで!私が無理を言ってお話をしてもらって
いたの。」光は前に出て、二人をかばった。
「お前たちは持ち場で仕事をおし!」
きっ、と一言そういうと、二人の子供は額を
地面につけたまま後退りして、ぱっとそれぞ
れの持ち場に消えていった。
−−−鎮西じゃなくてもオニはいるわね。
とこわい表情の乳母を、ちらっと見て光は思
った。

「姫様、またあのような身分卑しき者と地べ
たに座り、親しく話すとは。よいですか?
姫様はまもなく宮で、女房様たちにお仕えす
るのですよ。宮仕えに上がり、幸運が味方し
て、姫様の美貌ならば、帝の皇子様のお目に
とまるかもしれません。・・いえ、とまって
もおかしくはございません!浜里は信じて
おります。ですから、高貴な姫としてお振る
舞いなさらなくてはなりませぬ。」
「私が?皇子様に?」
光は、突拍子もない乳母の願望と妄想に引い
た。「そうですとも。皇子様に見初められた
らお父上さまや兄君さまも大変名誉なことで
ございます。」乳母はうっとりと目をつぶり、
まるで自分が姫になって嫁ぐかのような”夢見
る乙女の表情”をした。
「兄さまにも?」
「そうでございます。どれだけおよろこびに
なられますか。」
光はあったこともない天上人と結ばれる事を、
本当に兄がよろこんでくれるのか想像もつか
なかった。いつも優しく穏やかな微笑みで包
んでくださる兄さま。そして、自分が他の男
の妻になるように、兄さまにもいつか自分で
はない、別の女人が彼の側に寄り添うのかと
おもうと何故か幼い胸の奥がきゅんと、悲し
くなるのだった。


 屋敷に戻ると、何かざわざわしている。
最近兄につき従っている一人の少年が、板の
間に頭を伏していた。
「申し訳ございません!」
衝立の向こうにぐったりして脇息にもたれて
いる頼光がみえた。
「大丈夫だよ、綱、お前は悪くない。私が
黙っていたのが悪い。」
「いいえ、主の体調をも察しできない私の不
徳のいたすところ。」野駆に出たものの、実
は朝から体の調子が悪かった頼光。
強い太陽の熱射にうたれ、脳貧血をおこし馬
から転落した。幸いにして馬は止まっていた
し、落ちた場所が草が繁茂した所
ところだったのでとても軽い怪我で済んだ。
すぐに冷たい清水を絞った手ぬぐいで頭や首
筋をあてて、木陰でしばらく休んで、なんと
か二人で無事に帰ってきたところだった。
「兄様!」光は兄の元に滑るように小走りで
駆け寄る。「光・・大丈夫だよ。」頼光はい
つもの優しい笑みを向けた。
「ちょうどよい、お前に改めて紹介しよう。
この間から私の武芸のかけがえない友となっ
た、渡辺綱だ。」
「友などと・・・もったいないお言葉!」
綱が面をあげた。光はぎょっとした。片方の
目が固く閉じられていて、残ったもう一つの
瞳は深く澄み、それでいて隙のない鋭さを蓄
えていた。綱という少年は、光姫と視線があ
うとはっとしたように、頭をさげた。
「妹の光だよ。弓遊びがうまいと言っていた、
おてんばな姫さ。」頼光はいたずらっぽい瞳
をした。「まあ兄様、そんな紹介をされたの
ですね。」光は可愛くぷっと頬をふくらませ
る。「事実じゃないか。私より的を狙える。」
兄はいつものように楽しそうに話した。仲む
つまじく兄妹が話しているのを見て、場の雰
囲気が急に柔らかくなった。
 綱は心の中で、光姫が、まるで寒中にさく
可憐な小梅の花のように見えた。


 夜・・・。
燭台の明かりがゆらゆらしている中で、寝る
前のひととき頼光といろいろな事を話すのが
光は好きだった。もう兄とは同じ部屋では寝
起きができない。うんと幼いころは同じ床に
入りながら、きゃあきゃあといつまでも騒い
では、よく叱られたものだ。そしていつのま
にか寄り添って眠りについた。
今、静かな時間、兄と語ることができるわず
かな一時が宝物のようだった。
まもなく自分は宮仕えの女孺(めのわらわ)
として、女房たちに仕えなければならない。
兄はやがて源家の頭領となり、そのうち妻を
もつことになるだろう。確実にそんな将来が
やって来る。いつまでも、幼い子供のまま、
仲のよい兄妹でいたかった。
大人になんかなりたくない。
だが、それはわがままだ。10になったばか
りの光にも自分たちの進むべき決められた
道がわかっていた。
もしも・・もしも自分が男なら、兄様の右
腕になっていっぱいお役にたてるのに!
光は最近になって特にそう思うようになって
いった。「光、私は野駆のために外に出る
機会が多くなって、いろいろな事が見える
ようになったんだ。屋敷と宮仕えの往復で
都のほんの一部しか知らなかったら、とん
でもない世間しらずになるところだったよ。
上流の貴族からしたら、武家の我々は犬の
子も同然だろう。だげど、おかげで外も見
ることができる。
私はもっと外の世界を知りたい!!
だが、病に負けるようなやわな体質。強い
男になりたいものだ。そう、綱のような。
そしてもっと沢山の事を見聞きしたい。」
「・・・・・・兄さま。」
「民の暮らしも想像以上に酷い。だが宮中
ではつまらぬ権力争いばかり。都といいな
がら荒れ果てている。」
「・・・・・。」光は灯りのゆらぎに明滅
する兄のかなしみと怒りの混じった横顔を
じっと見ていた。「もしも今の都の姿を、
都を見守っている神が見ていたら、さぞ悲し
むだろうな。」光と年がそんなに離れていな
い少年の兄が、あまりにも大人びたものの見
方をしているのに改めて驚いた。
そしてもうどこか遠いところへ行ってしまう
のではないか?という不安に似た寂しさの感
覚が光の胸をちくりとさした。
是非、兄さまのお役にたちたい!!
自分が姫であるもどかしさをつくづく思うの
であった。

 自室の床についてから光はふっと昼間聞い
た、謎の市の話を思いだした。オニのような
者もやって来る鎮西の港。
そこには遠い国から見たこともない珍しいも
のがやって来る。
きっと、不老長寿の薬もあるに違いない!
病に負けない体質になりたい。
強い男になりたい。そして、もっと世の中を
見てみたい。兄の願いはそれだ。
光の頭にとんでもない計画が湧いてきた。
 朝、早速、違い棚にある大切なものが入っ
ている桐の箱を開けてみた。絹の布にくるま
れた、それは螺鈿細工の小さな櫛。
光が今はなき祖母から貰った大切なもの。
朝日がキラキラと反射して、螺鈿は幻想的な
虹色を魅せていた。ふぅとため息をつく。
これを貰ったとき、嬉しかった。
そして光にとても優しかった、今はなき大好
きなお祖母様。涙がじわりとしてきたけど、
今一番大切な人は兄さま。なんとしてでも
兄さまを助けたい。キッと胸をはり決意を
固めた。まずは一人では行動が難しい。
誰か信頼における者が必要。今の光にとっ
て「強敵」は乳母の浜里かもしれない。
・・・そこらへんがまだまだ世の中を知らな
いお姫様なのだ。
信頼における者。光はあの人ならば!と直感
した。
 "その人"は、兄の部屋の前の廊下に控えて座
っていた。
光ははしたないと思いつつ、遠くからその少年
に手で合図した。(お願い!来て!)念をこめて
合図した。少年はそれに気がつき、回りをキョ
ロキョロしてから慎重に光の元へやって来る。
光の前に出ると深くお辞儀をした。
「・・・え、と。」
「綱とお呼び下さい、光姫様。何か御用でしょ
うか?」隻眼の瞳が鋭くて後退りしそうになっ
たけど、勇気を出して言ってみた。
「では綱。羅城門近くに新月の日にだけ出る、
鎮西の市を知ってる?」
「は?」あまりにも突拍子ない質問に固まっ
た。「すみません、聞いたことがありません。」
「・・・・そうなの。」光はがっかりした。
綱は光のひどくがっかりした表情に、責任は
ないが罪悪感のような後味のわるさを覚えた。
「誰か詳しい者に聞いてまいりましょうか?」
「ではお願い、炊屋に出入りしている野菜売
りの者が知っているらしいわ、お願い、聞い
て頂戴。でも、誰にも内緒、私とそなた
だけの秘密にして欲しいの。」光は無意識に
片目をつぶり、人差し指を可愛い唇にあてた。
・・それを見て、綱はドキリとした。
光は深い意味合いもなく、単に秘密にして欲
しかっただけ。「わかりました。」綱は一礼
した。3日後、光は綱にまた遠くから合図す
ると綱がやって来た。「どう?わかった?」
「はい。その市は確かに新月の日にでるらし
いです。遠い国からの珍しい品を高値で売り
つけるのです。検非違使の取締りの目をぬす
み、こっそりと宮のやんごとなき者の使いも
やって来るらしいです。ただ、鎮西の熊襲族
のものが裏で市を取り仕切っているらしく、
賄賂をもらった検非違使も見て見ぬふりをし
ているらしいとのことでした。私がきいたの
はそこまでです。」
「どうしたらそこへ行けるかしら?」
「は?」綱は耳を疑った。
目の前の可憐な姫君の口が確かにそう言った
のだ。「失礼ですが、そこへ行きたい、と本
気でお思いなのですか?」
「そうよ。兄さまのお身体が丈夫になるお薬
を手に入れたいの。」真剣な眼差しに綱はた
じろぐ。誰が聞いても、無法者の巣窟へ世の
中を知らない貴族の姫などが行ったら、とん
でもないことになるのは必然の理。
「光姫様、あの場所は危険過ぎます。」
「綱は兄さまのお身体が心配ではないのです
か?」光の勝ち気な瞳がきりりと綱を見据え
た。「いや、そうではなく・・・。」
「お前なら信用が置ける者だと思いました。
ごめんなさい、忘れて。」そう言われて、
逆にこの姫が、もっと突拍子ない行動に出そ
うだから放っては置けなかった。
「まず、落ちついて下さい。私は姫様の味方
になりましょう。」
「本当か?」
「はい、約束いたします。」光は綱の隻眼が
こわいと思ったけど、もうひとつの瞳に優し
く深い色が見えた。その優しく深い瞳をみて
兄さまが認めた武芸の友だからきっと頼りに
なる!光は確信する。
「私も詳しくはないのですが、あの者たちと
取引するなら、かなりの金子が必要です。そ
れに子供であるなら相手にもしません。まし
てや、貴族の子供ならすぐにもさらわれまし
ょう。」光はドキドキしながら話を聞いていた。
「き、金子はあてがある。私の螺鈿の櫛が。」
懐から櫛を取り出す。一見してそれが高価な
・・・というより、二つとない格調高い逸品
であることがわかった。
「それと交換する、のですか?」
「そう、兄さまの為だもの。」
その覚悟は揺るがなく、半端な気持ちではな
いと綱に通じた。「わかりました。では金子
のことは大丈夫ですね。次に姫様の綺麗な着
物で街へでたらどうなります?」
光は恐る恐る答えた。「賊に狙われる。」
「そうです。」「では、どうしますか?みす
ぼらしい物ごいの子供のような汚い格好をし
ますか?」綱はいくら何でも、姫君がそんな
格好をしなければならないなら、諦めてくれ
るだろうと期待した。 ・・・・・が、
「なるほど、そうじゃな。それはいい!うんと
みすぼらしくすれば賊も狙わぬだろう。」
光は良いことを聞いた!と言わんばかりに目を
輝かせた。「さっそく厩番のあお柿に頼んでみ
るわ。」あお柿とは厩番の少年で年は光より
一つ上。先日、光があお柿と炊屋の下働きの
娘小萩と話こんでいたところを、乳母に見つ
かって以来、なかなか3人で会えることがな
くなった。さいわいにして、あお柿はわずか
だが、文字が読める。光はわかりやすく文を
書くと、綱に厩まで届けてほしいと頼んだ。
あれよあれよと淡々と事が進んでゆく。
そんな片棒を、綱はわかっていながら担いで
いた・・罪悪感とともに。
 しばらくして綱が、麻布でできたあお柿の
筒袴と単衣をもってきた。生地がごわごわし
ている上に、どこか馬の臭いがしみついている。
「なんでも三着あるうちのそれでもいちばん
綺麗な着物だそうです。」綱は現物を見て、
これはいくらなんでも着ないだろうと思った。
ところが、光はその場でするりとかざみを脱
ぐと、あお柿の着物を羽織った。
もちろん素肌をさらしたわけではないが、綱
は目をふせて真っ赤になった。
「うん、大丈夫だわ。ちょっと大きいけど。」
(この姫は本気の本気らしい。この綱が今ま
で出会ったことない最強の強敵かも!おそろ
しい!!!!)綱は、あらためてもう引き返
せないと感じたのであった。

つぎの新月まであと3日・・。
光と綱は緊張しながら、その日を静かに待っ
ていた。


「3日後に歌会のお誘いを、隣家の姫様から
いただきました。近隣の数人の姫さまが参加
なさるようです。」
乳母の浜里が突然そう言ってきた。
隣家の姫!
光と同じ年で、将来は絶対よき殿方に見初め
られ、嫁ぐことだけを目標にひたすら兎に角
バリバリと頑張ってる姫であった。
光は昔から彼女が苦手であったし、3日後は
あの市へゆく日ではないか! ため息をつい
ているところに、炊屋の娘の小萩が、白湯と
干し栗をもってやって来た。
そして、そっと小声で光にこう言った。
「姫さま・・・内緒の事情はあお柿から聞い
ております。私にもなにか手伝えることがご
ざいましたらお願いします。」
光はため息をつきながら、3日後のふってわ
いた憂鬱な行事のことを話した。「・・どう
も実行できそうにもない雲行きなのよ。」と
云った。しばらく沈黙が続いた後、小萩が
ぱっと笑顔でこう言った。
「では私が姫様の身代わりとなり、その日は
頭が痛くなったと伏せることにいたしましょ
う。炊屋には買い出しだと云っておきます。
これなら大丈夫です。私の背は姫様と同じく
らい、衣をかぶってしまえばわかりません。
あとは声まねをいたします。」
「そなた、私のために嘘を重ねさせるわけ
にはいかない。」
「・・・姫様、わたしもあお柿も姫様と
頼光様に大切にしていただきました。それ
に・・うっかりとあの市の話をしてしまっ
たのは私のせいなのですから。」
「いや・・そなたのせいではない。私が行
きたいから行くのだ。」
「姫さま・・・。」
・・・・・ふたりの少女は固く秘密を守り、
互いのつとめをうまく果たせるよう祈るよ
うに、手を握りあったのだった。




「綱・・君、最近私に秘密ごとでもあるのか
い?」庭を歩く頼光がほほえみながら、彼に
尋ねた。
「何故そう尋ねるのです?」
「いや・・勘なのだがね。」
・・・・綱はどきりとした。
大切な妹君を、危険な場所へ連れて行く手助
けをする・・などとは決して言えない。
「・・い・・いえ。」
「ふうん。そういえば、光が君のことを大変
気に入ったみたいだよ。
私が体が弱いぶん、是非、光をいろいろ守っ
てやってくれ。」
頼光はさらりとそう言うと、庭にまう蝶を
捕まえると器用に指にとまらせながら、
まっすぐ母屋へ歩いていった。

頼光様・・・物静かな美しい姫とみまごう
ほどの華奢な少年武者。しかし、その外見
とはうらはらに、どこか底知れぬ洞察力と
剛胆さを秘めた鋭いお方だ、と綱は思った。






「どうかな?」
こっそりと納屋の奥から着替えた光が現れた。
小萩が着付けを手伝い、光を庶民の子供のよ
うに仕立てた。しかし、粗末な男子の着物を
きても、内側からにじみ出る美しさは隠せな
かった。細い手足は雪の肌だし、髪は艶やか
に美しかった。
「姫さま、もっと髪をくしゃくしゃにして、
手足は汚れていなければバレてしまいます。」
「そうだな。」光は綺麗な髪を両手でぐしゃ
ぐしゃにして藁の縄で無造作に一つに束ねた。
小萩が炊屋のかまどからもってきた煤をべた
べた塗りたくると、たちまち黒い顔と手足に
なった。「うん。汚いぞ!」あお柿がそれを
見てけらけら笑った。「無礼な!」そう言っ
た綱もまた貧しい少年の格好をしていた。
光と綱。
ふたりは並ぶと、どうみても小汚い庶民の
兄弟に見えた。
光はそれでもいざというときのために、玩具
だが、本物と同じの威力のある小さな弓と矢
を隠して布にくるみ、背負った。
自分が扱える、身を守る武器は唯一この弓矢
だけ。懐にはあの美しい螺鈿の櫛が入ってい
る。綱は懐に短刀を隠し持った。
「よいですか?光さま、私の側を絶対離れな
いでください。」と綱は強く光に伝えた。
「俺は道案内で途中まで行くよ。秣を刈りに
ゆくから。そして二人を辻で待ってるから無
事にお戻りください。」あお柿は大きな背負
子に鎌を入れてごく自然に家の外に出た。
その後を綱と光がついて家をこっそり出た。

はじめて、内緒で外にでる!

光は何処までも続くような、大路の白い
漆喰壁が眩しく見えた。


兄さま、待っていてください!
光が絶対よいお薬を手に入れてきます!


<続く>
※ 話の進行上、源家に仕えるオリジナル
キャラを3人出しました。

 使用人の子供のあお柿と小萩、乳母の浜里。
 ご了承ください