17 August

東京万歳楽家のわだつみの宮    (万受SS)

※東京万歳楽家 =東京編のマイナーゲスト
あの世キャラ(松虫・白犬・老人)
と万歳楽と現世で失踪中のヒカルの兄・頼光
が同居している基本万受のニッチすぎるSS




 


どこまでも続く水平線が眩しい。
真夏の日射し、白い砂浜、小さな入道雲が乱
立する青空。アクアグリーンからブルーで構
成されたグラデーションの海。
カレンダーやポスターでよく見る、沖縄離島
ビーチみたいな鮮やかに美しい浜辺。
しかし、そこに現実感はなく、ハイビジョンの
映像に近い感覚。
−−−−−−−−−これは「明晰夢」だ。
私・頼光はそう理解した。

足元に寄せては返すさざ波の飛沫が妙にリアル。
でも、これは夢なのだ。夢を見ているんだとわ
かってる。
・・・・・・・だから不思議と安心をした。

向こうで、何か白いものが駆けている。
・・・・・ああ、あの白い犬が「普通の犬」
みたいに波と戯れ遊んでいる。とても楽しそ
うだ。浜辺の奥に、いくつもの蛇の目傘
で出来たパラソルの林。その下であの老人が、
パイナップルをグラスに挟んだ空色カクテル
を味わいながら、静かに読書をしていた。
私が海に目を向けると、透明な波間から何か
が泳いでくる。
バシャバシャと陽光に煌めく桃色の魚の尾。
え?人魚?!

松虫が、人魚の姿となって私の元に来ようと
している。桃色のうすい被布を体に巻き付け
見た目がとても愛らしい。
透明な浅瀬でくるくると泳ぎ、私に何かを手
渡す。折り畳まれた文。
〈わだつみの宮へ〉
「・・・・。」(主がお待ちしています。)
小さな白い手を伸ばして、私をひっぱる。
私は松虫の手に引かれて、海の底へ・・・・。
桃色の被布と魚の尾ひれが水中でゆらゆらと
美しい。私は服を着て、靴も履いたままで水
をゆくのに違和感がない。
息も普通にできる!水圧も感じない。
空を飛んでいるかのように軽やかで気持ちが
いい。水色から緑色へ緑色から深い藍色へ、
どんどん海の底へ向かっている。
なのに、不思議と魚や貝や珊瑚を全く見ない。
私と人魚の松虫だけが無数の泡に包まれて、
無機質な青い海をゆく。

やがて暗い海底に着いた。
古代遺跡の祭儀場のような場所に私は通され
た。・・・そこだけ、スポットがあたるよう
に「二人」がいる。
平安時代のような白い水干の舞人の男。
そしてもう一人は黒い狩衣の笛を吹いている
男・・・まだ、少年といってもいい位の若さ。

舞人は実に美しかった。
白い衣は羽衣のように軽やか。優雅にそれで
いて、力強く舞う。
能や舞踊を詳しく知らない私も、あまりの美
しさに見惚れた。
あれは、あの舞人はもしかしたら
・・・万歳楽ではないのか。
流れる笛の音が物悲しい。無機質な海の底、
藍色の世界に切なく美しい笛の音が流れる。
二人は奏で、そして舞う。
奏で舞うことで〈一つ〉になっていく。
〈あれは、あの・・・笛を吹く奏者は!〉

舞と楽は盛り上がっていく。
何故か、二人が艶かしく交じわるような幻覚
さえ見えた。妖艶な舞人の流し目が、遠くに
いる私を捉える。広げた扇で思わせ振りな表
情を隠す。私はもう目が離せない。

あの笛を吹く奏者・・・あれは過去の私では
ないのか。

二人の舞と楽は激しさを増し、あの舞と楽の
中で彼らの魂が一つに溶け合って交わってい
るのが分かった。艶かしく情熱的に。
それは人が持つ欲求とは別の次元の
行為でありながら、何故かそれを連想させた。

不意にぽん、と肩を叩かれる。振り向くと、
紅い髪黒いコートの万歳楽がいた。
「俺達も深く一つに結ばれようではないか。」
びっくりするほどのあからさまな誘いに、私
はたじろぐ。いつもの彼からは考えられない。
だが、瞳が妖しく私を捉える。
そうだ、これは夢なのだ。
何をしても夢だから構わないのだ!
何故かそう開き直り、私は彼の誘いにのるこ
とにした。海底の古代遺跡、いにしえの舞と
楽、あまりに現実的から遠くかけはなれてい
る世界。これは私の妄想の世界だから何をし
ても構わないのだ。
何度も私は自分の胸に正当性を唱えた。


気づくと、松虫が小さな硝子の瓶をもって
私の側にいた。
「・・・・。」(お飲みください。)
「飲むがよい。それは“媚薬“だ。」
「・・・・え?」
「我らが永遠に契り合うために。全てを忘れ、
新たな生を始めるために。」

 私と万歳楽が永遠に・・・・。
ああ、私は深い心の底でいつも本当は願って
いた。でも、それは理性と常識の蓋で固く覆
って、私自身が見えないようにしていたのだ。
しかし解放されてもいいのか?
いや、これは「夢」なんだから悔いはない。

硝子の小瓶を手にとる!
紅い液体がゆらゆらと小瓶の中で揺れている。

万歳楽の瞳が凄艶に私を絡める。
気のせいだろうか?
無表情な松虫がニヤリとした。

「バカヤロウ!眼をさませ!
ひきこまれるな!」

突然!白い犬が、私と万歳楽の間に飛び込ん
できた。私の首筋をおもいっきり噛みつくと、
私を引っ張り、ぐいぐい浮上していく!
い、痛い!やめてくれ!やめてくれ!
浮上していくにつれ、覚醒していく!
ああ、夢のなごりが散り散りになって、海の
泡となり消えてゆく!!


無数の泡に包まれて私は海上へ出た!
陽光が眩しい!!
・・・ぽっかりと
私は白い世界に一人・・・浮いていた。


−−−−−−−−−−−−ひんやりとしたものが額
に覆っていた。
アレ?ここはどこだ??
ズキンズキンする頭を上げてみると、私は
寝台に寝かされていることがわかった。
額には氷のう。
私の右側には白い犬が寝台に頭だけを乗せ、
大きな体は床に投げ出しグーグー眠っていた。
左側には松虫が臥せって眠っていた。
そばには本が開いたまま。読みかけの童話の本、
小川未明の「赤い蝋燭と人魚」だった。
「ほう、熱は下がったみたいだな。」
老人が私を覗きこむ。
「え?」
「君は酷い風邪をひいて拗らせて、高熱だして
いたんだよ。下手すると我々と同じ世界の住人
になるところだったな。白犬君と松虫がずっと
君を看病していたんだがね。」
「・・・・・。」
「君はもしかしたら、我々と同じ世界の者にな
ることを望んだのかい?」私は夢の中の出来事
を一つ一つ思いかえしていた。
「それはいけないよ。君にはまだ天命がある。」
老人は言った。

  
 窓際に万歳楽が立って、私を見つめていた。

私は私の夢で心の中を見透かされた気がして、
とても恥ずかしくなった。
だが、彼は何も言わずふぃっと出ていった。
彼なりの気遣いだったのだろうか。

夢で見た不思議な深海のわだつみの宮。
美しい舞人と笛の楽人は、永遠に奏で舞い続け
ている。

あれが私と万歳楽のいにしえの姿なら、
もう一人の私は幸福の中にいるのかもしれない。
と勝手に思った。
そして、私に妖しい誘いをしかけたあの万歳楽
と松虫は、「心の中の鍵」をもつ「番人」が
見せた「幻の姿」なのだろう。


・・・まずは、右側で眠っている白い犬に
小声で「ありがとう」と伝えた。
白犬の耳がピクリと動いたが、またグーグー
と眠り続けた。


松虫が読みかけていた童話をなにげに開くと、
挿し絵には少女の人魚が暗い海の荒波を泳い
でゆく姿があった。
それはどこか松虫に似ていた。

〈終わり〉