16 July

真綿  

ほのぼの系SSemoji





ぎぃぎぃと軋みながら晴明らを乗せた牛車が
大路をゆく。


内裏からの帰り道、陽は傾きはじめている。
牛童子があっと言って牛を引き留めた。
牛の前足に何かいる。

子猫だ。
親とはぐれたのかうろうろしているところを
牛の前足に踏まれそうになったのだ。
すこし弱っているのかとっさに逃げられな
かったらしい。

牛車が急にとまったので、松虫は簾をそっと
開けて様子をみていた。

子猫は両手にのるくらい小さかった。
牛童子は困ったようにその子を抱えどう
しょうかキョロキョロしていた。

松虫はじっと牛童子の手の中の毛玉生物を
みていた。
<受けとるがよい、松虫。>
・・・・・・・・・隣で晴明が一言そういった。

松虫は牛童子に手をのばし、その子を此方へ
渡すように手招きした。
牛童子は白く小さな生き物をおそるおそる
松虫に受け渡す。

ふんわり・・・小さく・・温かい。

そっと胸に抱きしめる。こんな生き物を
今まで触ったことも
抱きしめたこともない。手の中で鼓動が
トクトクと動いている。
どうしてよいのかわからないが、抱きしめて
いるとなんだかとても安らかな気持ちになる。
松虫は深いまつ毛を伏せて両手の中の生き物
をじっと見ていた。でも・・どうしよう・・。

<帰ったら卜部に診てもらうがよい。>
晴明が松虫の不安を察してそう言った。

------------陰陽寮

「まあ・・これは・・子猫!?」
卜部は松虫が差し出した子猫を受け取ると
様子をみた。
「この子を・・・・どうするの?」
「・・・・・。」
松虫は言葉なき黒い瞳で卜部をじっと見た。
「・・・・。わかったわ、弱ってるから何
とかしてみるわ。」
卜部だって猫などをあつかうのは初めてだ。

干し草を敷いたところを縁の下の一角に作る。
子猫のからだが冷えているから、炉の中で
温めた石を干し草の下にいくつか入れる。
粥の上澄みを竹のさじですこしずつ飲ませる。
それからほんの少しの薬湯を混ぜた粥を口
の中に入れた。「これは体が丈夫になる護
符よ。」卜部は護符で子猫を撫でた。

松虫はじっと卜部のすることを見ていた。

温めた石が冷えればまた炉に温めに行く。
卜部と松虫は一晩中子猫を交代でみていた。

そのかいがあったのか翌日からは元気になり
みゃうみゃうと二人のあとをついてまわった。


松虫はその子猫を抱きしめたとき、胸の中で
なにか甘酸っぱいようなほんわかした気持ち
が心の奥から湧き出してくるのを感じていた。

ふと・・・・・時折、密かにそっと自分を抱
きしめてくれる晴明はこんな気持ちなんだろ
うか?という思いがよぎった。
自分もこの子猫みたいに晴明の腕の中でどう
したらよいかわからないけどただただ晴明に
ゆだねて安らぎを得ている・・。
仮面をはずした晴明は果てしなく優しい表情
で自分を抱きしめてくれる。それは儚いほど
短い幸福の時間だ・・。


「真綿ちゃんと名付けましょうよ。
色が真っ白だし。」
卜部は明るくそう言った。
・・・・・・真っ白とは言い難い。
・・・たしかに子猫は白い毛の部分が大半
をしめているが、肝心の顔の部分に黒がは
いっていてそれが大きく鼻の横にあってど
ちらかというとユニークな顔立ちだった。

卜部と松虫はそんな子猫を可愛がった。
自分より小さな者を愛する・・という経験
のない松虫にとってそれは甘くて不思議な
感覚だった。


しばらくすると陰陽寮の他の陰陽師たちが、
ひそかに「あのような猫がいるとは不吉じゃ。
けがらわしい」と言い始めた。
特に晴明が目をかけている卜部が可愛がって
いるとなると余計、敵視し始めたのだ。



ある日、
宮の使いが「酒造司」(宮の酒などを醸造
するところ。)の米蔵のネズミよけにする
ため、子猫をもらいうけに来た。
陰陽寮の空気の流れが悪しくなるのを
嫌った晴明のとりはからいだろう。

それは・・あっというまのお別れだった。

「しかたないわね。」卜部はあきらめた
様子だった。松虫は使者が子猫を連れて
いく前に自分の髪に結んである「物忌み」を
ほどくと子猫の首に巻いてやった。

(・・・晴明様が私に魔除けのためくだ
さった「物忌み」の髪飾り帯。)

真綿という子猫が安泰でありますようにと
願いをこめて・・・と初めて「小さいもの」
を「愛する」気持ちを与えてくれた御礼に・・・。



子猫を連れた酒造司の使者が見えなくなる
まで卜部と松虫は見送っていた。





--------------その晩、安倍晴明邸の奥の部屋。

仮面をはずした晴明が松虫の髪に橙色の
「物忌み」をつけてくれた。
一言も何も言わないけれど・・・・
主の手は優しい・・・。

真綿がいなくなってちょっと隙間の空いた
松虫の心に主の手の優しさがじんわり沁み
ていた。


<終わり>