21 July

瓔珞の川

ぬるいR-15(ロリ)含む
〈元ネタ「第十六幕:芝公園」と「平安編」〉


※瓔珞(ようらく)・・・・仏像などにある
「玉」をつらねた装飾具。





足元には銀河がある。
人工の色の光の川だ。

遠い昔、この子と二人で見上げた銀河の横た
わる星空は
ここではもう見えない。
俺は昔、星の動きを読みそこから天の声を
聞き取っていた、
星の理から未来をよみと
いて都を導いていた。


もう、天の声は民に届かない。
俺もひっそりと静かに街の行く末を片隅で
見ている。





巨大都市の夜景

高層ビルの最上階さらに屋上、ヘリポートの
縁に俺はいた。
かたわらには一人の少女が静
かにもたれ掛かって眠っている。

冬も近いというのに、浴衣姿に下駄という出
で立ち。こ
の子は俺と同じ、
人の姿をしていながら人ではない。




----------------------

遠い昔、平安時代。
古い都の片隅・・・・秋の夜・・
<松虫>の奏でる音が美しい草の原にただよう
透明な地の精霊。
それを童女の姿をした式と
するため俺はこの精霊に呪をかけた。


「松虫」と名付け、目の見えない安倍晴明の
従者として使役。
俺が翁・晴明を演じるため
には
子供姿の式はどうしても必要な存在だっ
た。


式神は使い手の霊力によって能力が
まったくかわる。使い手の霊力が低いものは
式も下等で見た目も行動も粗暴だが、
松虫は外見的には人の娘とかわりない姿をし、
俺の意志の通り確実に物事をこなしていった。


松虫は五行相剋の時に犠牲になった。

俺はこの娘に次の世も共に俺といてほしかっ
たのに
これも我が業の因果なのか儚く・・
・童女式神としての命が露と消え、
俺は哀
れな亡骸にかけよることもできずにい




都に生じた1000年の歪みに現れた時の狭間
の亀裂。
肉にも、その時の狭間のおかげで
1000年の時を越えて再会する奇跡にあずか
れた。


松虫は転生したものの、所詮は人のかたち
だけの式神。
人として生まれながら「人の魂」をもたぬ
ゆえに人の世界で
きることはかなわず、
「時の狭間」に呼ばれ引き込まれ
年を取ら
ず幼い姿のまま、生とも死ともつかない身
でさまよっていた。


松虫は、昭和の始めにこの歪みに引き込まれ
世間では「神隠し」にあったとされたようだ。



増上寺近くの空間の歪みで俺はこの娘と出会
う。

との1000年前の因縁にすぐに気がついたの
だろう。
虫は俺を見つけて飛びついてきた。
コートの裾にしがみつくと声なき号泣をした。
俺はしゃがみ松虫の傍らに座り、泣き疲れる
までその小さな肩を
抱きしめていた。
やがて泣き疲れ、普通の子供のように静かに
眠りにおちた。



俺は泣き疲れて眠った松虫を抱き上げ、
空間の歪みをくぐりぬけて21世紀の街に
出た。
松虫はすべて預けて安堵したよう
に眠っている。


漆黒の髪が深い睫毛をしたあどけない寝顔に
かかる。
久し振りに見る俺の従者だったかつ
ての「式」を見つめた。

俺にとってこの子はなんなのであろう?
打ち捨ても構わぬはずだったのに。

松虫は平安の頃、俺の忠実な従者だった。
どんな命令でも顔色を変えずにそつなく遂
行した。
俺がこの娘の心を「呪縛」し、
言の葉も「封印」し、
俺の都合よく、
人形のような瞳を瞬くこともせず、

無表情になんでも遂行させた。

そう、なんでもだ。

その小さな穢れなき手に刃を持たせ
血に染めさせたこともある・・。
弟子である卜部を殺害させた。

あの時、松虫は冷たい表情の下、本当は
心の奥底ではいやがって泣いていたのを
知ってはいたが、
俺はあえて酷いことを
強いた。

あの頃の俺は松虫をそれなりに愛していた
し可愛がっていた。
だが、それは支配とい
うかたちの愛というものの偽造。

いわば自己中心的なもの。
「人の女」に対しても・・・だ。
弟子であった卜部、
そして・・・源光。

俺が愛していたのは「人の女」などではない。
光?・・・「光」という「人の女」ではなく、
光の奏でる「地」にしみわたる清冽な
「笛の音」を愛していた。
俺は「都の地」
を愛する者・・・・・。

それが俺の地霊としての本性だからだ。

そのためには彼女らの心さえ手駒に利用した。
「人の女」はそれを「愛」と勘違いする。
簡単に「恋」というものに落ちる。
甘言と容姿を最大に利用すれば「人の女」は
実に容易かった。


「人の男」などはさらに「単純」だったから
宮で人心を操ることなど
造作もないことだ。

卜部には素顔を見せることはなかったが、
知という武器を見せつけることで掌握できた。



しかし、それは俺の傲慢。
俺の本来の役目は都を見守る地霊。
俺は利用したはずの「人の女」の「精一杯
守りたい」という一途な
行いに自分の傲慢を
示された。


荒廃していく都を見るのを耐えられなくなり、
神と等しい力を持とうとした。

その所業が1000年のあいだ大きな歪みを生じ、
時が満れば、今の都も崩壊する。

俺はすべてを原点に戻すことで、1000年の歪
みを修復させることにした。


そのためには・・・・・・・・。


-----------------------------



松虫・・・が目を覚ます。
平安のころの無感情空虚な瞳ではない。

黒目がちの瞳に、わずかの時間だか人の世で
愛されて育ったせいか、
瞳に穏やかな光をや
どしている。

松虫ではあるが、もう、俺が呪縛していた心は
解き放たれ、本来の優しい無垢な心に戻っていた。


大きな瞳を開き、不思議そうにまばゆい夜景
をぼんやり見ている。

松虫にとっては数十年ぶりに見る現世だろう。

「・・・まだ眠っていてもかまわないぞ。」

愛くるしく首を横にふった。
人の世にうまれたのちも [言の葉] をもた
なかったらしい。
幸いにして、言の葉がなく
ても愛される温かな家庭に生まれ育った

松虫は愛らしい少女になっていた。
桃色の真新しい浴衣や塗りの下駄を見ると
この子には人に愛されて暮らした日々が
あったのだな・・と想像させた。

それは俺にとって清らかな救いだった。


これが、俺の式だった娘なのか。
人の娘の姿をしているが、俺と同じ人外に
属するもの。
しかし今ここにいる松虫は俺の
側に仕えていたころには感じなかった
生々
しさをどこかに漂わせ、俺の心に快感に似た
違和感を生じさせ波立たせる。


_____ヘリポートの上を突然、冷たい強風
が通る。



大風の恐怖のあまり松虫は身を縮めガタガタ
と震えだした。
顔は白い頬がなお白く、
瞳は見開き焦点を失って、
寄せる恐怖の追憶
に俺の腕にしがみつき必死で耐えていた。


平安の時代、彼女は五行相剋の閃光の疾風で
壁に
全身を強かにうち、式としての命を落と
したことを克明に覚えていたのだ。


あの時
・・・・五行相剋を実行させることを優先し、
松虫を見棄てたかたちになった。いや、見棄
てたのだ。

少なくともあの頃の松虫の瞳にはそう映った
であろう。

言葉なき口から我を呼ぶ悲鳴が聞こえたのに。
俺は・・・・・・・・・・・・・・・・。






コートの袖を掴み顔を埋めて小刻みに震えて
いる。

恐怖で震えている松虫を抱きよせ、
俺はコートのボタンをはずし、中で彼女を
くるんだ。
傷ついた小鳥のように小さな躯。
松虫がキュッと俺にしがみつく。

「怖いか?」

松虫は軽く頷いて顔を俺の胸に埋めた。
痛いほど恐怖が伝わってくる。
小さな手が震えていた。

「大丈夫だ。」

小さな手を握り返す。
暖かい。
俺はコートの中で震えている小さな少女を
静かに抱き締めた。

柔らかい、折れそうな繊細な線。
なおも不安の塊のように身を縮めている。

あの頃の償いにはならないだろうが、
俺はこの子の
不安を鎮めることが今のつと
めなのだ。


コートの中で抱き上げ膝の上に座らせる。
ふいに浴衣からのぞく素足。
桃色の浴衣がはだけて瞬間、白い内股
(もも)がちらりとみえた。

その無防備な幼い妖しさに瞬間どきりと
した。


____________遠い過去の記憶
  松虫とは、臥所(ふしど)を共にして
いた。
人のような肉欲からではなく、互い
に支え合う「異界に属するもの同士の
魂の
拠りどころ」としてだ。

灯明のない平安の闇夜の中、面を外し素顔
と素肌をさらけだせることの出来る
漆黒の中、
俺も松虫も一糸まとわぬ姿となり、素の姿で
寄り添いあった。
異界の者同士、人の世の穢
れで傷ついた魂を補填しあい、
そのわずかな
癒しの時を過ごすのだ。


 淡雪のように白い肌を俺の両腕に抱える。
すべすべとした子供のきめ細かい肌の穢れな
き感触。
ふくらみのない薄い胸が俺の素肌に
密着する。
松虫はおそれもせず俺にまるごと
躯をあずけた。
そして俺の心の傷みも穢れも
すべて浄化するように俺の裸身に淡雪の肌を
埋めた。


深く眠っている松虫の白い躯はぽうっとやわ
らかい朱鷺色の仄かな燐光を発する。

秋の日だまりに咲く野の花のやさしくおだや
かな暖かさそのもの。
松虫の無垢な地の精霊
としての本性なのだろう。
俺はあの頃、抱き
しめたそのぬくもりに何度も癒された。

松虫と強くよりそう時が俺の「地霊」として
の安らぎの時間だった。


見た目は「少女のかたち」をとるその躯には
触れてはいけない禁断の部分がある。

俺は「人」ではないから、それを貪り踏み散
らかす外道な真似はしなかった。


しかし、今、我が手にある松虫は俺の従者
だった頃には感じなかった芳しい
少女の
薫(かおり)を醸し出していた。

幼い少女特有の成熟した女にはない妖しい
魅力を仄かに漂わせていた。


俺は人の肉欲に相似したどす黒い邪心交
じりの背徳感に
さいなまれつつこの妖しい
魅力の童女をきつく抱きしめた。

わずかに甘い素朴な野の花の香りがする。
その仄かな香りに危うい俺の心の高まりの
波長が身を突き上げた。



---------松虫には心を見透かされてしまうから
こまったものだ。



が・・・・・松虫はそんな俺の醜い欲望を
含んだ邪心を全く
臆せずむしろ嬉しさで
受け止めていた。
俺になら「全て」を捧げ
てもかまわないといわんばかりに心が弾けて
いた。
その心の高揚が激しく伝わってくる。


だが・・松虫の外見は俺の術によって編み
出されたもの、
いわば、松虫は俺の分身。
俺の心の一部といってもよい。

そこに人間の薄汚い肉欲のようなおかしな
感情が芽生えるのは妙なことだ。


これ以上は踏み込んではいけない領域。
踏み込んだらもう二度と戻れない危険な領域。


―――――すっと・・・・俺は冷静に戻った。

平安のころは使役するためだけの「式」。
心を縛り、俺のエゴイズムのためだけに利用
した。
しかし、今、一時だが人の世界で暮ら
し家族に愛されたであろう
この娘はもう俺の
使役する式ではない。
あの頃とは立場がまっ
たく違う。無味乾燥な主従関係ではない。


------あれは過ぎ去った過去の時間だ。

松虫は少し落ちついたのか、俺にくるまれた
まま、そっと眼下を覗いていた。

普通の人間なら余程のことがないと来ること
の出来ない
何もさえぎらない超高層の緊急用
のヘリポート。
眼下には一面夜景が広がる。

松虫はじっと不思議そうに夜景をみつめて
心に語りかけてきた。
平安の記憶が満ちてい
る今の松虫にとって奇妙すぎる風景だろう。


「あれは、光の川?」
「そうだ。人間が作った明りの川だ。」

テールランプとヘッドライトが行き来する
高速道路・・・絶え間ない光の羅列。
心も見た目もあのころの松虫なのに
もう俺の
「式」ではない松虫は純粋な幼い少女そのも
のの語りかけをする。



「色とりどりでまるで〈瓔珞〉をはじけさせ
たみたい。ここは浄土のようなところなの?”」


「いや・・人の世だ。人の世はあれからいく
つもいくつも
戦の世を繰り返し、都もそのた
びに変わっていった。
お前はこの都市(まち)
が大きな戦に巻き込まれていった時代を知ら
ないだろう。
この都市が完全に焼け野原にな
ったが、すごい速さで発展していったことを

知らないだろう。」

「・・・・・」

「お前をここに連れてきたのは時の流れを
確認させるためだ。人の世はいま、
こういう
時代を歩んでいる。」


「・・・・・・・」

松虫は静かに光の川の流れをじっと見ていた。
どれくらい長い時間
それを見ていたのか。
すっかり落ち着いて恐怖感から脱出できた
らしい。
俺はコートの中で松虫を抱きしめ
ながら久々の一種の幸福感のようなものを

味わっていた。


やがて松虫は、黒目がちのつぶらな瞳で俺を
見上げ、心で語った。


「人がこしらえた光の川はきれい・・・・
でも・・晴明様と一緒に観測した
京の都の星空のほうがずっときれい。」

「俺もそう思う。」
真黒なつぶらな瞳に遠い昔の澄んだ星空の
記憶が呼び起こされた。




----------------------平安の都。



―――星を読むといって、翁・晴明の姿を
して
郊外の船岡山近くまで出かけた。
口どりの牛童子も必要ない牛車に乗り
観測道具を松虫に持たせ夜の道をゆく。
夜には賊が現れる恐ろしい洛中洛外で
あったが、
牛車には誰も近づけない結界を
はっていた、
・・・・・というか、たと
えあの頃に
賊が襲ってきても御簾を上げ
たら不気味な仮面の老人と
無表情の童女が
いるだけで引いてしまうだろう。


漆黒の郊外の丘で、晴明の仮面をはずし、
万歳楽の素顔で星を観測する。

天地万物の声を聞く。
その間、松虫はじっとそのそばで気配をけし
て仕え続けていた。



空には満天の星空。丑三つ時を超え暗い山の
中二人だけの世界。


あの頃のことを思い出した。
地霊の俺が感じる星の言葉。
学問だけでは会得できない天の理。


ほんの昔まで天は星で満ちていた。
わずか・・・
俺からみたら「短時間」で人間は地上にまば
ゆすぎる光の帯を走らせ、
たちまちその光の
洪水で天の星空を消してしまった。


あの頃の宙(そら)を知っているのは、
今の地上に俺と松虫だけだ。




俺はずっとこの街を見てきた。

時が満ち、相生を天に描くとき、
俺は自分の業を全うし、永遠の終わらない時
の苦しみから開放され、
この都とも別れる。
それが未来への最善なのだ。


それは・・・まもなくかもしれない。

そんな、俺の心を松虫が読んでいた。

「・・・・・あのね・・晴明様、私も一緒に
行きたいの。」


「お前には自由に生きる選択もあるのだぞ。
あの歪みに引き込まれる前の時に戻ることの
できる出口を見つけたら、お前を愛してくれ
た家族との時間に戻ることも可能なのだ。」

俺ははこの子が幸せな家族とともに過ごすこ
とが最善なのではと勝手に判断していた。
しかしそれは身勝手な松虫への幸福の押し
付けであったと気づいた。


「・・・・・・・・・」

「・・・・どうした?」

「私ね・・この間・・・不思議な赤い石の
首飾りをしたお姉さんに出会ったの。あの場
所は誰も来ることが出来ないところなのに。

そうしたら生き別れた私の弟だった子と出会
うことができたの。・・・・・・嬉しかった。

私は弟だった子と一緒に手をつないで不思議
な処へ向かって歩いていて・・。

弟は人の世を長く生きてもう寿命だったので
天の世界に行けるんですって。

でも・・私は人の魂じゃないから一緒に行け
なくて・・。弟は【ねえさんに出会えてよ
かった】ってよろこんで向こうの世界に
旅立っていったけど・・。

私は一人だけ・・また戻ってきてしまったの。

また一人ぼっちになって・・・・悲しくて泣
いていたら”元の世界に戻れ”ってもう一人の
私の心の声が聞こえたの・・。

そうしたら晴明様があの場所に現れて・・・。
私・・いろんなこと思い出したの。
それまでも、ひとりぼっちになった時から少
しずつ昔のこと、思い出してたのだけど。

・・・私の元の世界って・・・晴明様がわた
しを拾ってくださったところなのかしら?」


俺はたどたどしく心に語る松虫の話を聞いて
いた。
赤い石の首飾りの女・・・・ヒカルか。
そうか・・それで、ゆがみが生じてこの子の
弟というものが
この世界に入れたのだな・・。

しかし・・松虫は人の魂をもたぬものだから
再びさまようことになった・。

この子を元の精霊に返してやるのも俺の責任
かもしれない。
ともにいた場所に帰る。
あの・・・1000年前の都へ・・。

このままこの娘を無縁の21世紀に置き去りに
はできまい。
だか、俺が不安に思うことが
あった。


「おまえは俺が見棄てるようにした羅城門の
ことを覚えてるか?
・・・・それでも、おま
えは俺を信じて一緒に行けるというのか?」


これから先、対峙するであろうヒカルにも同
じような問いかけをし、
平安京で因縁への
決着をつけなければならないだろう。

松虫が俺を赦さないと思うなら至極当たり前。
俺ができることは松虫が選ぶ道を最善に整え
てやることだけだ。


松虫はあの頃の人形のような瞳で俺をじっと
見ていた。その時の間が長くて、
沈黙が続いた。
松虫がふいに目をそらし、深いまつ毛を伏せな
がら夜景に視線を落とした。



やがて、ゆっくりと心に語りかけてきた。


「・・・・わたしね、あの時、・・・悲し
かったの。勾玉が揃って晴明様の望む世界
になるのに、吹き飛ばされて、
体が痛くて
痛くて動かなくて、もう、晴明様のお側に
もいくことができない、
そうしたら悲しく
て。
もっともっと・・ずっとずっと晴明様
と一緒にいたかったのに。

晴明様のなさることと一緒に・・・私は、
ずっと一緒に行きたい。

・・・・・ううん、
【それは正しくない】って他の人が言っても
私は晴明様についていきたいの。


      
        
 だって、


あの時、羅城門の上で私の亡骸をみながら、
晴明様は仮面の下、
心の中で泣いてくだ
さっていたもの。

大切な術の途中だったのに・・・・・・。

私のためだけに泣いてくださっていたもの。

私はただの式神で、・・・・使われるだけ
のものなのに。

・・・すごく・・・うれしかった。
ここでひとりぼっちだった時もその時の
ことが思い出せたの。

だから私もいきたい!!」



また、強い突風がヘリポートを吹き抜けた。
俺の懐の中、
松虫は一瞬きゆっとこわばっ
たが、
松虫はもう恐怖感に震えていなかっ
た。
俺は松虫をもう二度と離さないよう抱
きしめた。



松虫、

_________もう、俺は迷わない。
             俺と一緒に行こう。





俺は松虫を固く抱きしめたまま、
高層ビルから背面から都市(まち)の宙(そら)
に舞った。


夜景にダイブする。
色とりどりの光の洪水が近くなっていく。
落下する速度は速いのに逆さに見える夜景が
ゆっくりよぎってゆく。



木葉が舞落ちるような静かな落下。
誰もいない・・薄暗い路地裏に我等は舞降りた。


------松虫を背負いながら夜の街をあるく。

眠らない街。
喧騒と虚栄の街。

若者たちが奇声を上げながらすり抜けていく。
俺たちの姿は奴らには見えない。

松虫は、背中で退廃と享楽の街を恐る恐る堅
くなって見まわしていた。


「・・・・・晴明様は一人ずっと街をみてき
たの?」

「ああ、そうだ。」

小さな手が心配そうにきゅっと肩を掴む。
その手が沁みるように暖かい。


ふいに赤い光のサイレンがヘッドライトの波
を掻分けていく。
真夜中なのに世間の鬱憤を
八つ当たりするかのようなバイクが爆走して
いく。
24時間開いている店の前では若者が座
り込み、うら若き女たちが甲高い声で
笑い声
をあげる。



けたたましく、眠らない街の真ん中に俺たち
はいる。
平安京と昭和の初めしかしらない
松虫は驚きの連続に違いない
俺の背中で静か
に見ている。
きっと大きな瞳をさらに大きく
させて凝視しているのであろう。
やがて・・・。

「まるで、あやかしやもののけのお祭りみた
いね。
洛外にあらわれた百鬼夜行ってこうい
うのなのかしら・・。」


そんな少女らしい語りかけがおもしろくて、
俺はふっと心が和んだ。



街を歩きながらやがて、静かな夜の公園道
にでた。
松虫がなぜかおずおずしながら心
に語りかけてくる。


「・・晴明様、私、いやな子なのかな。」
「なぜだ?」


「・・・・ん、・・・・・・・あのね。
赤い石の首飾りのお姉さんを私は知って
いるの。・・・・・・・遠い昔から。

あの頃、お姉さんの笛の音に晴明様の心が
ゆらゆらしていた。そうしたら、私、急に
悲しくなって・・とっても・・とっても・・
胸がきゅって痛くなるの。

あのお姉さんのこと、1000年の長い間
晴明様がずっと待っていたって・・・・・
知って・・・・。

・・・・・・なんでかしら。
晴明様が、 大切に思う人なのに。私には
悲しいの・・・・。
あのお姉さんがいなかったら晴明様は
こんなに苦しまなくていいのにって思う
こともあるの・・・・・。」



「・・・・・・・・・・。」

松虫が人の女のもつ恋愛の嫉妬のような感情
を抱いていたことに俺は正直驚いた。


「・・・・・・・・・・・・松虫、
あのヒカルという女を待つのは、安っぽく
甘ったるい感傷からなどではない・・
人はそう見るかもし知れない。・・・・・
だが違うのだ。
・・・我が業の修復の成就の
ため、そして、本人のためだ。


因縁を無にすることで、新しい時の流れとなる。

ヒカルには俺ではないもっとあのヒカルの
大切な者たちがそばにいる。
その者は彼女を
守り彼女も彼らを守る、そんな大切な者たちが
いる。

なにより彼女には帰るべきところがある。
俺と彼女とは世界が基本ちがう。新しい歴史は
彼らが切り開いてつくるのだ。」


公園道の街灯に木々の影が伸びる。
その影の下にベンチがあった。

俺は松虫をおろし、座らせた。
深夜の冷えた空気が辺りを包む。

「・・・・・松虫、俺が、なぜ
1000年も一人で漂泊していたのかを正直に
言おう。

俺の力をもってすれば、お前のような式を
起こすことも可能だった。
しかし、それは
出来なかった。


あの羅城門で救えなかったお前を思い出す
たび、辛かったからだ。

お前を一人哀しみの中旅立たせてしまった
俺は、もう自分のためだけに
弱い精霊を弄
ぶことはせず、一人で終わりなき時を生き
ようと思った・・・・。

俺にとって人の世で本当の俺の心を知るのは
ただひとりお前だけだ、松虫。
お前は術で使役される式というだけではない。
お前を失ったとき、俺は初めてお前に対する
気持ちに気付いた。
お前はただひとりのかけがえない存在なのだ。」



じっと深淵の黒い瞳で俺を瞬きもせずみて
いた松虫が
俺の膝に顔を伏した。
小さな両手でコートをつかむ。

俺は彼女の浴衣の背中を片手で抱きしめた。
松虫はずっと顔を伏せていた。

-------松虫は俺が旅した1000年の時を想像し、
孤独感と果てしない人の世の無常を心で擬似
体感していた。
自らも神隠しにあい、いつ終
わるともわからない時間の中でたった一人過
ごして
きた松虫は「孤独」という時間の虚無
さを味わってきた。


時の流れがあるかないかわからぬ中での苦し
みは松虫の心に楔となっていたため、

俺の痛みを容易に感じてくれていた・・・。


・・・・・・・しばらくして・・・
小さく小さく

<・・・・ありがとう晴明様・・・>


・・・血がにじむように精一杯振り絞った
言葉を心に語りかけてきた。

小さな両手がぎゅっと拳を作っていた。


「俺はまだこの都市の歪を完全に塞いではい
ない。時が満ちるまで
それを終えなければな
らないのだ。お前を連れていては何等かの

危険を伴うだろう・・。だから・・しばらく
・・待てるか?」

松虫は膝に顔を伏したまま聞いていた。
「・・・・最後の歪をふさぐころ、お前を
迎えに行く。」

松虫は顔をあげて俺を見て大きく頷いた。
大きな瞳に玻璃のような涙が滲んでいた。
そのきれいな瞳がいとおしくて、柔らかい
頬を両手てそっと包み額に口づけた。

驚いた松虫は硬直し大きな瞳を見開いて
いた。
「・・・・・・・・・。」
やがて頬にほんのり赤みがさしたように見
えた。俺のほうがちょっと恥ずかしい気持
ちになって「行くか・・。」と松虫の手を
引いた。


松虫は俺に手を引かれながら深夜の公園道
を歩いた。平安のころ・・晴明を演じてい
たころはこの子に手を引いてもらっていた
・・のに。あの頃の無味乾燥的な手の感触
とは違う。お互いの心に深くしみわたるよ
うな優しさを感じる。
まもなく、もみじ谷近くの・・あの場所に・
・・着く。



夜が明ける前にこの子と一時の別れになる。
次に会うときはこの幼い躯の質量も温もりも
失う。


ちいさな地霊の霊玉(オーブ)にもどってい
るのだろう。

俺は松虫の感触を忘れないよう、心にとめ、
繋いでいる手を握りしめた。


---------------------------------------------

深夜をすぎ明けの明星が輝くころ、
普通の人間には見えない空間の歪み、そこを
くぐる。


「ここで別れだ。」

松虫の双眸が涙できらめいていた。
俺はひざまづいて再び松虫の額に口づけする。
出来るだけ・・・・・・・・・長く。長く。
松虫の玻璃の滴をたたえた深いまつ毛の瞳が
柔らかく閉じている。



もう・・この子の躯には触れることはないだろう。



心が揺るがないように気持ちを棄てて、
そのまま術をかける。

松虫の額に指をあてると、松虫は崩れるよう
に眠った。
沢山の地蔵が並び、風車が絶えず
廻る時を知らない不思議な紅葉の空間、

その、紅葉の木下にそっと松虫を置いた。

「必ず迎えにくる。」


真っ赤な紅葉の空間・・”時の狭間”は静かに
とじていった。





-------------------



冬至を翌日に控えた近い夕刻。
師走の街は騒がしく・・・あわただしい。


空は鈍色。
急激な温度の低下は雪の予感をさせていた。




もみじ谷付近の時空間の歪みの中。
昼とも夜ともつかぬ同じところを永遠に回り
続ける時間の流れ・・。


ここは、そんな外界とは縁もないように一面
紅葉し、
穏やかな陽の光につつまれている。

桃色の浴衣姿の少女が地蔵の前で手をあわ
せていた。

俺を見つけると立ち上がり近づいてきた。
乾いた小さい下駄の音。ひらひらと赤い帯。
別れたときとかわりない松虫の姿。



「お前を迎えにきた。」
俺は約束を果たしにこの地を再び訪れた。
「まもなく時が満ちる。共にあの都に帰ろう。」

松虫は大きく頷いた。
澄んだ瞳は真っ直ぐ強く俺を見ていた。
やがてふっと瞳を閉じると
すべてを覚悟したように両手を広げて俺の
前に身を預けた。

そして・・・瞳をあけて静かに心に語りか
けてきた。


「最後にお伝えしたい。」

「なんだ。」

出会えてよかった!!
・・・・晴明様・・・・好き。
ううん・・・万歳楽様・・
大好き!大好き!
ありがとう!!」



・・・・・・松虫の眼差しとその精一杯の
心の言葉に俺の心の
迷いが生じる前に俺は
感情を殺し、「式」を解放する呪文をとなえ、
指で印を切った。


「松虫!」

言葉をもたない松虫がさらに何かを必死で
語りかけている・・・。

・・・・・・・だが、
松虫の姿はだんだん見えなくってゆく。


桃色の愛らしい浴衣姿の少女が微笑みながら
透明になってゆく・・。

きらきらと細かい光を放つと
・・・・・小さな霊玉(オーブ)になった。

・・・淡い朱鷺色のちいさなちいさな玉。



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平安時代の初め・・洛外。
小さな地の精霊がいた。
人には見えない。
人に災いすることも福をもたらすことも
できない、無力でか弱く、優しい霊。

秋草がしっとりと露にぬれ、<松虫>が
美しく寂しげに鳴いていた。
そのそばに透明
にも見えるがほんのり朱鷺色の小さな焔が
ともっていた。
見える人がいたらそれは
「狐火」だというだろう。

俺はその儚げな風情に心惹かれた。
穢れのない純粋無垢な霊玉に俺は人の形を
与え
俺の従者として使役することにした。
その地の寂しげな様子から「松虫」と名を
あたえ、永遠の童女とした。


ーーーーーあれが・・出会いだったな。


俺はその霊玉をそっと手にのせ、コートの
内側にしまいこんだ。


ぽうっと淡く光りそこだけほんのりあたた
かくなった。

「一緒に行ってくれるか、松虫・・・。」


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冬至は明日。




・・俺は東京の門で俺が待つヒカルに逢う!

1000年前の因縁。
歪みを正したらこの都市を見守る精霊の
役目は終わる・・。




雪交じりの冷たい霙が降り始めた空を見上
げた。
厚い雲が覆う空は街の明かりを反射
させ、本物の星空はやはり・・見えない。


地上にイルミネーションの金砂銀砂の流れが
続く。
松虫とともに見たあの高層ビルの頂上
から見た夜景を思い出す・・。

人間たちがひしめく雑多な大都会。
-----その頂きにたった二人だけの1000年前の
都の精霊。




「・・・・・・<瓔珞>の川か・・。」




コートの内側にそっと手をあて、その密かな
ぬくもりを確認し、
俺は霙の道を歩き始めた。







                
            <終わり>





<長くてくどいあとがき>

以前アップさせていた小説ですが
読むたびにダサさが鼻についてたまらなくな
り一度引っ込めてリニューアルしました。
都会をさまよう「松虫と万歳楽」をどうし
ても書きたかったのです。

 
今回はほんの少しかもしれませんが二人の
心の表現に深みを持たせたつもりです。
一部15禁も表現を変えてみました。
(微エロ)

・・たぶんソレくらいは2人でやってたん
じゃないだろうか?と邪推。
「こんなのヤダ認めない」といういらした
ら方すみません。


松虫は最初にこのアニメ作品を視聴したと
きから
お気に入りのキャラでした。
だって・・可愛いvv。平安編も東京編も。

東京編では名前のない少女でしたが、
どうみてもアレは松虫にしかみえません。
(DVD特典のスタッフ対談の中、松虫を
東京編ゲストキャラで出します・・・って
言われて公式認定されているのでやっぱり
そうなんでしょう。)




松虫、東京編では可愛いく優しい少女のよ
うに見えるんですが、実はかなり奇妙で
不思議少女です。最初は墓場にたたずんで
いるところを金太郎が望遠鏡で覗いていた
らそれに気が付く・・とか、
異世界に引き込まれた金太郎の腕をとって
どこかへ連れていこうとする。
考えてみると相当コワイ娘です。
お人形さんみたいに見えるからよけいコワイ。
もう・・この子はヒトじゃないと思いました。

異世界に神隠しに会って弟といわれる子は
道標をみつけて帰ることが
できたのに、松虫だけは帰ることができな
かった・・。
松虫だけは理由あってあの場所に閉じ込め
られたとしか思えないです。
(裏鬼門封じのためみたいに。)
この子は生きているのか死んでいるのかも
分からない子。
普通の娘ではない気がします。

松虫たんは謎多き子でいい・・。
と私は思う。


万歳楽にとって平安の世で松虫は唯一
「隠すことない」部分で

ともにいられる存在・・ではなかったかと。


平安編のときの松虫との関係は主従関係。
東京編の妄想だと時間に取り残された人の
ようで人ではなきものの青年と少女。
東京編に二人の出会いが描かれなかったから
こそ、勝手な暴走妄想で描いてみました。

自己満足な話を最後まで読んでくださった
方いらっしゃったらありがとうございます。