21 April

若竹の奥津城 

(奥津城<おくつき>・・・・「墓」の古語)





京・・・洛外・・・嵯峨野。
鬱蒼とした竹藪の中を私たちは歩いていた。

嵯峨野・・・
学生の頃、修学旅行で一度きたことがある。

渡月橋をわたると観光客で道は溢れていた。
その頃の私は子供でさほど歴史には興味は
もてなく神社仏閣など説明を聞いても退屈
なだけだった。ようやく手にいれたデジタ
ルカメラを使いたくて古都を撮りまくるの
だけが楽しかった。
嵯峨野は竹藪がみごとでプロになりきった
つもりで色んな角度から竹を撮りまくり同
級生からは変わりものとよばわりされた。

そんな思い出を断片的にかみしめながら朽
ちた笹の葉を私は踏みつける。


前を行くのは紅い髪の青年。

ここは私が知っている時代の嵯峨野じゃない。
いつなんだろう?平安?・・いや、もっと時
代が近くなるだろうか?

時折、白いものが転がっていたが、あれは人
の頭蓋骨。はじめはぎょっとしたが、いくつ
もみているうちに見慣れた。

ここは都の人が亡くなったら遺骸を葬りに
くる場所だとは聞いたことがある。


真夜中の風がさわさわと笹の葉をゆらし、
ごきぎぎと竹を幾つも軋ませ、竹藪の音を
奏でている。

嫌いじゃない。
気味が悪いがこんな風情は大好きだ。

月光だけが頼りの明かり。
煌煌とした満月のおかげでかろうじて歩ける。
深い藍色に笹の影、なめらかな若竹に灰白色
の月光が反射している。

幽玄とはこんな色彩なのだろうか?



「ここだ。」

紅い髪の彼は竹藪の一角で足を止めた。

小さな石塔が一つ。
朽ちた笹の葉に埋もれていた。

「ここは?」
「安倍晴明が眠ってる場所だ。」

「え?」

赤い髪の青年・・・万歳楽は無表情に語った。

「・・俺は・・・都を見守る存在(精霊)と
して人の世に紛れていた・・・・。
・・人間としての晴明・・・は確かにいた。
ごく普通の翁としてだ。俺は彼が寿命を迎
える直前に晴明になり替わった。」

万歳楽は目を伏せながらさらに語った。

「・・・・・・彼には俺が見えていた。
・・あの翁と俺は、よく都について・・星の
動きや時の流れについて語り合ったものだ。
そして、都を見守る役目が成就できるよう、
想いを俺に託し息をひきとった。
平安の世、俺は申楽師と陰陽師の二つの顔で
人の世を動かす力を得た。・・・そして俺は
彼をここに葬った。」

万歳楽はひざを折り、目の前の石塔に積
もった枯れた笹の葉を丁寧に払い落した。

「なぜ、私をここに連れてきたんだ?」

「お前には真実を知っていて欲しかった。
・・・たとえそれが俺の間違った選択で
あったとしても、俺はあの都を愛していた
ことは確かなのだ。」

「・・・・・。」

晴明になりかわり、人としての権力をもつこ
と、それしか選択がなかった。都を見守る
精霊の彼が腐敗していく都を見るのはたまら
なく辛かったのだろう。

もしも・・・あの頃の私が病弱ではなかった
ら・・。
妹にも辛い思いをさせることもなく・・。
そしてあの時代に・・彼の心に近づくことが
できたらもっと別の未来がひらけていたかも
しれないのに・・。

「万歳楽・・。すまない・・すまない・・。」
「なぜ、お前が謝る?」
その声は・・静かで慈愛に満ちて優しい。
「・・・・・・。」

---------------疾風が竹藪を吹き抜け、
いくつもいくつもの若竹が軋みあい輪唱して
いる。竹の空洞に籠る不思議な音色の連続。

その調べが私たちの頭上で渦巻き、私は
刹那に彼の心の痛みを疑似体験しその痛み
のあまり涙が込み上げてきた。

「・・・・・・・。」
「泣かなくていい・・頼光。・・・俺はお前
に真実を知ってもらいたかっただけなんだ。」

「・・・・・・・・・。」
万歳楽が私の肩に手を置いた。
私は反射的に彼を逆に抱きしめた!

「・・・分かっていたよ・・万歳楽。君は
確かにあの都を愛していた。あの頃、もっと
君に近づけたら・・・・・。いや・・今も・・
これからもずっと君とともに・・・・・。」

------------両手の中に愛しい万歳楽がいる・・。
その躰も心も・・過去も・・すべてすべて、
私が受け止めたい!

「その言葉で俺は・・・救われる。」
万歳楽は私の腕の中で安堵するように呟いた。





----------------青嵐がまた竹の間を吹き抜けた。

若竹の奥津城・・・・。
朽ちた笹の下に万歳楽が演じていた、
本物の老陰陽師が静かな眠りについている。





     <終わり>