23 June

武蔵遠景-禊-  (渋谷白犬×万歳楽)

水の輪が幾重にも広がり、苔肌からしたた
り落ちる水滴は永遠に水環を作り続ける。

限りなく清く、透明な深山の淵。

万歳楽は水に身を任せるように、淵の深き
処まで沈んで禊ぎをしていた。

水の中から目を上げると、透明な水の向こ
うに翠の世界が淡い陽光に揺らぐ。

いつの頃からか、変化した・・いや、「本来」
の姿に戻った紅い髪が水草のように水の中で
揺れ、若く美しい素肌全体に光を蓄えた波紋
がうねる。 透明な水中にすべてを任せ、
水と一体となる・・。

   静かだ・・。
   あまりに清らかすぎて・・。




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「お坊様、とうちゃんのために経をあげて
ください。」戦の傷がもとで死んだ親の前で、
幼い兄弟が泣いている。

「・・・。」血まみれで口をぱくぱくさせて
手を伸ばし、なにかを伝えようとしている
虫の息の落ち武者・・。

野盗に身ぐるみはがされ、谷に突き落とされ
た高貴な女の遺骸。

乱で焼かれた村の真ん中で途方にくれている
母親と背中で泣く乳飲み子。

黄昏の中、戦場跡に累累と横たわる無惨な屍。

ここにたどり着くまで出会った、いくつもの
無名の死の姿が去来する。嗅ぎなれた血の匂
いがまとわりそのまま染みついた。
   <俺は人の死を纏いすぎた。>
深々と編み笠をかぶり、粗末な僧衣をまとい
錫杖を手に「修行僧」として数百年、幾度の
戦乱の世をひっそりと渡きそして、流れに流
れて・・東国までたどり着いた。

 
 時の権力者から、葦原だらけの湿地帯を
賜った武将がいた。
だれもがこんな場所は貧乏くじだと思うにち
がいない・・。    彼はこの地に本気で「都」
を築こうとしていた。誰もがその馬鹿げた計
画に嗤うであろう。
  だが、この地にはよその地にはない都の
気を強く感じる。

-------俺は新しき都を見守るために来たのだ。------

そのために深く禊ぎをする。
・・・戦乱の穢れを流すため・・・そして、
いにしえの都に刻みつけたあやまちの傷跡の
穢れを流すため。

普通の人間ならとても身を沈められないほど
の冷たさ。あまりに清すぎて魚も居ない。
深く黒い岩の壁はつきだして、そこから幾筋
も清水が萌黄色の苔をつたい滴り落ちる。
壺の底のような静かな淵。
太古より変わらぬ水の風景を保ち続けていた
のだろう。

   この水はやがて都を巡る大河となる。

どれくらい沈み禊を行い、沢山の思いを巡らし
ていたのだろうか?
ヒトの時間と、彼の時間は違う。
いや、彼には「時間」というものが無いのかも
しれない。

陽光に満ちていた水紋がやがて藍色となり、
満天の星を映す時となる。彼はずっと水と一体
になって瞑想していた。壺中の水鏡に銀砂のよ
うな星が映っていたが、それがちりぢりに砕け
水が盛り上がると、水面にすっと美しい裸身が
立った。  静かに禊の時を終えたのだ。
そして旅衣を身につける。
旅衣は真新しくなっていた。編笠を深く被り、
脚絆手甲をつけ、真新しい草鞋の紐を固く結
ぶ。すべてが生まれ変わったように清らかだ。
錫杖を手に夜道を歩みだす。まったく人間を
寄せ付けない真っ暗な夜の山道。夜行性の猛
禽類の声が反響する、時折その声におびえた
小さな獣が足下を横切る。彼は黙々と歩みを
進めた。



 先ほどの水辺より、うっすらと何者かの気
配を感じていたが、その気配はより濃いもの
となった。

見晴らしのよい笹原にでると、横たわる銀河
が天上を埋め尽くしていた。そこで彼は歩み
を止める。「お前はあの時の白き精霊か。」
振り向くと、目映い真っ白な大きな獣がいた。
あまりの白さに星の光が反射して、夜の原は
煌々と輝いていた。
「・・・お前は西から流れてきたという都の
精霊だな。お前が新しき世を造ろうとして失
敗させた話は聞いている。」
山犬のような白き獣はふんっと軽蔑した素振
りで「女の笛の音に惑わされおって。そんな
奴が何をしに来た?この地を焼き尽くすため
に来たか?この地は我らの地ぞ。」
と威嚇するように牙を剥いた。

------数日前のことだ。
万歳楽がこの東国へ足を踏み入れた時、夕暮
れの光の中、岩の上に目映い白き精霊がいた。
見た目は山犬そのもの。
だか、その美しさは類をみない。白き毛並み
は光の具合で金色にも銀色にも見える。
彼は万歳楽を一瞥し、警戒敵視しながら宙を
駆けた。
 万歳楽は岩を軽やかに飛ぶ美しき獣に目を
奪われていた。
・・・間違いないあのときの白き精霊。



「俺は都を見守る精霊としての使命を全う
するだけだ。お前がこの地の精霊と同じで
あるように。そしてあの時より歪みし、時の
軌道を修正するために来た。」
がしゃっ、と錫杖を地に突き立てる。

黒衣の美しき青年と純白の獣が一対のように
にらみ合う。

「・・・・・。」
「ふん、まあいい。愚かな人どもがせっせと
短い命を削って拵えるという“都“というもの
を、俺はせせら笑ってみてやるよ。
お前がやつらに介入してもしなくとも、奴等
は所詮はひ弱な命。せいぜいお節介でもして、
お前はさらに自分の孤独を知るんだな。」

・・・そして何故か突然に、白き獣が鼻面を
万歳楽につけてきた。

「ところで、俺はたいへんに“よいもの“を見せ
て貰った。」
「・・お前、何時から俺の近くにいた?」
不意にくっつけてきた失礼な鼻面を不快そうに
避けながら、万歳楽が聞く。
「お前が水浴しているときからだ。そんな辛気
臭い黒衣より、何にも身につけないほうが
ずっと綺麗なのにな、もったいない。お前は余
所者で招かざる客だが、お前の身体は大層気に
入った。心ゆくまで観賞させてもらったぞ。」
 高貴な精霊のはずなのに、急に下婢た視線で、
ねっとりと隅々まで舐めまくるように万歳楽の
全身を絡めとる。黒衣の下をよこしまな眼で
じっくりと透視されてる気分だ。いままでの
高尚な気持ちが一気に急降下していく。
「この世の生き物でも無いくせに、そんな欲
はあるんだな。正直、呆れて驚いている。」
そう言って背をむけ歩きだす万歳楽。
 先ほどまでの張りつめた緊張感はいったい
何だったんだ!

「何故お前はヒトの姿でさ迷ってる?お前も
元をただせば実体のない地霊だろ?」音もなく
白犬は万歳楽の隣にいた。「俺は気脈が強く
交わる地の中心に存在する地霊だった。
京の都を造営するヒトの強い祈りにより、呼
び起こされた。それまで幾度と遷都を繰り返
してきた、ヒトの強い祈りだ。・・・・それ
は俺の心を動かした。ならば福をもたらすと
信じられている翁舞を舞う舞人の姿となった。」
「だからお前はヒトの味方をするのか?」
「勘違いするな。ヒトの味方ではない。
俺は気脈が強く交わる地を愛するだけ。それ
が地霊としての本能だからだ。地鎮と安寧に
奉納舞をしたのもその為、強い気脈の地こそ
俺のもっとも愛するものだからだ。」
 万歳楽は編笠の紐をとき、澄んだ夜風に
銀河を見上げる。

 何故だろう。
とてもすがすがしい。
風通しが良くなったという気分。
禊の後ということもあるだろう。
 いや、この白き山犬の姿をした精霊と語
らうことで何時も感じていた弱さ・・いや、
寂しさが緩和されたのか。
 俺と同類のこの世のものではない者に幾
度かは出会った。しかし、この犬ほどずけ
ずけ入り込んでくることはなく、また、自分
もさほどそれらの者に関心を持たなかった。

出会った時の、えもいわれぬ美しさが一因だ
ろうか?自己分析してみても分からなかった。
 神々しい外見とは裏腹に態度ずうずうしい
白犬だか、彼にどこか憎めなさを覚えた。


  そして、夜が明ける。
見晴らしよき高台にたつと、ぽつりぽつりと
村が見える。これからまた人の営みの時が始
まろうとしていた。
葦に囲まれたあの地を必死で開拓し、新しき
都を造ろうとする無数の人間たちがいる。


「行くのか?」
白き獣が尋ねた。
「・・・・・。」万歳楽はそれに答えず山路
を降りてゆく。
白犬はじっと彼の後ろ姿を見つめていた。
「・・・・気に入った・・。実に気に入った。」
そして舌なめずりをしたあとで、万歳楽の後ろ
姿に叫んだ。
「おまえが都を見守るというなら・・俺はお前
を見ている。勘違いするな、見ているだけだ!
守りはしない。」
遠くから万歳楽が返事のように錫杖をがしゃんと
鳴らした。


<おわり>





<あとがき>

「武蔵遠景」は2年くらい前に書いたもの。
平安編と東京編の中間くらいの話。(前回は
頼光兄さん絡みだったが。)万歳楽がさまよ
う数百年の話を今後も書きたい。
 渋谷白犬と万歳楽は浅からぬ縁であるこ
とを主張したいだけの
妄想作品。
今回は万歳楽の禊を白犬が覗きをしていた、
という変態っぽいモノ。さすがにケモノと
の○○○は書けないし、やろうとは思わないが
きわどいところまでの「腐」的な関係は
今後もやるだろう。もう飽き飽きのワン
パターンになってるんだけど。
(犬攻→万受のち反撃→犬”安定”の襲撃未遂)
仲が悪いようで、実はお互いをよくわかって
いる関係で書きたい。
頼光(兄)とは彼がヒトであることが一種
「壁」になっている。
白犬と万歳楽はアチラ側のモノ同士だし、
自分としては書きやすい。


 江戸の街はじっくりと計算されて作られ
た世界的にもまれな大都市
であったということを最近のTVで知る。
たしかに治水事業がしっかりしていないと
あんなにたくさんの人は住めなかった。
浅い知識なんでまちがってるところ多い
だろう。管理人の娯楽と腐のみで構築され
てる駄文なもんでご勘弁を。