10 February

武蔵遠景

東京編:澁谷白犬×万歳楽   SS





ここは後に「東京」と呼ばれる都のまだ山野
豊かに広がる土地の頃。広葉樹が生い茂り、
小さな川が谷を流れていた。
乳白の芒(すすき)の原が広く続いている。

----------武蔵の国

一見のどかな風景だが、危険なものが二つ
ある。1つは・・・戦から逸脱したか負けて
帰る国もなく荒くれた野武士ども。
2つは・・・・・山犬。あるいは狼。
           

野武士がどこに潜んでいるかわからない。
戦国時代への幕開けの頃、東国でも結城合戦
などの戦乱が興っていて落ち延びた野武士は
餓えた獣のように残忍で凶暴だった。


「頼光・・・。」万歳楽はつぶやいた。
そんななかに全く無防備な21世紀の男が
迷い込んだらどうなる?餓えた獣の中に
飼いウサギを投げ込むようなものだ。

頼光は時空の歪みに迷い混み、たしかここに
入り込んだはずだ。だが、彼の姿が見えない。
まだ魂が生きている反応は感じるので無事な
のだろうが。
「どこへ行った。」
・・不意に背後の薮ががさがさと音を立てた。


「おい、なんだ?こいつは。」
「奇妙な格好をしてやがる。髪なんて見たこ
とねえくらい紅い。」汚い男の一団が黒い
コート姿の万歳楽をじろじろ見た。

鎧らしきものをだらしなく付け、行く先々で
奪ってきたような着物をぐしゃぐしゃに丸め
て抱えていた。髪や髭はぼうぼう血糊が付着
した鞘と刀・・。どのようにして略奪をして
きたのか一目で分かる・・。

(野武士!)

彼らの手にしている盗品は明らかにこの時代
の着物、頼光は格好の獲物だ、彼らが見逃す
はずがない・・・・頼光の服を持っていない
ということはやつらはまだ頼光に出会っては
いない。

「おうっ!肌なんか透き通るくらい綺麗だぜ、
こんな男なんてみたことねえ。」
「丸腰みたいだしな、ちょいと生け捕りにし
て売ればたんまり儲かるぞ。」
ぐるりと野武士が取り囲んだ。手には凶悪な
刀やこん棒が握られていた。目をぎらつかせ
下衆な表情を浮かべて野武士らはじりじり近
づいてきた。


<ちっ・・・。>
------心でめんどくさそうに舌打ちすると
万歳楽は高く跳び上がり軽やかに舞いながら
彼らの頭上を飛び越えた。

「お前らに構っているひまはない。」

「こ、コノヤロ!捕まえろ!!」
一人の男が太刀を振り上げ飛びかかってきた。
同時に複数の連中が同じように捕まえようと
飛びかかってきた。
と、その時、吼えるような声が響いた。
「うるさいぞ!お前ら!それは”吾の男”ぞ!!
血に穢れた汚いお前らになどやらぬ!バカ
どもが!!失せろ!」
みると、すすきの原の向こうから牛よりはる
かに大きい白銀の犬がぎらりと目を輝かせて
野武士を睨みつけていた。赤い舌はだらりと
たれ、真白な犬歯を覗かせ今にも飛びかから
んと前肢を屈めていた。

「うわあああ~!」
「山犬の化け物だあ!」
「逃げろ!」
野武士らは散り散りになって悲鳴をあげて
逃げていった。

白犬を見上げた万歳楽は
「・・・・お前か。白き精霊。」
「もともと俺はこの地に住む山犬の姿の地霊
だ。東京は今は人間どもの溜まるあんなゴミ
ゴミした街になったが・・。たまに時の歪み
を通って戻ってくるとせいせいする。」
渋谷の白犬は前肢をぐんと伸ばし大きく犬ら
しくに伸びをして毛を震わせた。

「助けてやったんだがな。ちょっとお前を味
わってみたいものだ。齡なき者よ。」
くんくんと万歳楽のうなじのあたりに黒い鼻
を近づける。「ああ・・いい薫りがする・・
おまえは極上の地霊だ。・・きっとよい味が
する。・・・あちこち愛撫して啼かせてみた
いぞ・・。さぞやいい声で啼くだろうな。」
「気持ち悪い!!やめろ!!」

万歳楽は背後でよからぬ妄想を思いめぐらせ
ている白犬を押しのけて歩みだした。

しかし、白犬は言った。
「あの男だろ?お前が探してるのは・・頼光
とかいう・・。奴ならこの先の池のほとりに
いたぜ。物騒だというのにまったくのんきな
男だ。」万歳楽は犬が示す方向に走りだした。
「なんだ、ずいぶんとご執着だな。」白犬は
冷やかすように言った。
「うるさい!」

小さな小川が流れ込む池・・・。沢山の水鳥
が群れていた。苔むした池の端の大木のそば
に頼光がたたずんでいた。

「頼光!」
頼光はゆっくり振り向く。どうやら無事な
ようだ。のんびりと水鳥がどんな被写体で
とるのがいいのかと指でファインダーをイ
メージしながら見ていたらしい。
「やあ、万歳楽。」気が抜けそうなほど穏
やかな微笑みで手を振った。

「俺があの人間の男に憑依すればお前と交
わることもできるのだがな。」姿を消した
白犬は万歳楽の耳元で囁いた。
「戯れはやめろ。」
----------------だが、この犬ならやりかねない。
頼光には白犬の姿が見えない。
「どうした?」と不思議そうに尋ねた。

「いやなんでもない。ここは危険だ。
(あらゆる意味で。)」
「万歳楽・・私はこうやっていろいろな時代
を見るのは悪くないんだ。・・・・・君には
迷惑だろうけど。」
「元の世界に戻りたくないのか?」
「・・・・・。」頼光は言葉を詰まらせた。
「また時の大きな歪が生じる、今は気脈の安定
した太極をたどるあの電車に戻れ!」

・・・・なぜ、俺は頼光を守るのだろう?
彼は戻りたいのか戻りたくないのか?
相生を描くことこそ我使命。
・・・そのために俺はいる。
なのに・・・・。この煮え切れない気持ちは
なんなのだ・・。頼光の清らかな瞳をみると
心がぶれていきそうだ。

「さっさと別れちまえよ。たかが人間だ。
俺がお前の心も体も満たしてやるよ。」

姿を消してる白き精霊が背後からクンクンと
再び万歳楽のうなじに鼻をつけた。
彼の舌先が万歳楽の頬からすっと耳たぶを
かすめた。ぞくっ痺れるような電撃に似た
快感が一瞬全身にはしる。
「そうら、こんなに感度がいい。やっぱり
おまえは極上だ。」
「やめろ!!」

「?????」頼光は再び不思議そうに
万歳楽を眺めた。


----------芒の原に陽が沈んでゆく。
水鳥が騒ぐ声と風の音しか聞こえない。


ここが「東京」の繁華街になるのはそれから
何百年も先の事。


<終わり>