08 August

宴の松原--えんのまつばら--

東京編:頼光(兄)×万歳楽



前回の「夢幻車中」の続編・・・。









平安時代・・・

 

あれは・・まだ、元服もすませていなかった
少年のころだった。

私・頼光は父の使いで内裏まで行き、その帰
り道、些細な好奇心から、もののけがでると
噂されている宴の松原をのぞいてみたくなっ
た。供の者には「小用だからこの場で待つよ
うに。」と言い、やんちゃな野狐のように
牛車から飛び降り一目散に走った。

ほんのちょっとだけ。
 ほんのちょっとだけ!みてみたい。


逢魔時にはいるくらいの早い晩秋の夕刻。
内裏の中にぽつんと取り残されたような不思
議な空間。そこだけ鬱蒼と場違いのような松
が茂り、放置された秋の野の草が盛りを過ぎ
て 枯れた音をさわさわ立てていた。物悲しく
冷たい風が頬をなでるようなこんな刻、だれ
もこんな気味の悪い場所に立ち入ることなん
かしない。
女官が魔物に無残に殺された場所だとか、
公達が正体不明の黒い影に追いかけられたと
かいろいろな噂を聞く・・その話の一つ一つ
が子供の私の頭の中をぐるぐる駆け回る。
恐怖ですくみそうになる。・・だが、真実が
知りたい。ごくりとつばを飲み込み小刀に
手をかけ・・少しづつ少しづつ・・松林に
入っていった。

突然のバサバサとキジバトがはばたく音に
驚いたが、それ以外は・・・なにも出ない。

”なんだ・・もののけなんて嘘っぱちだ!”
さあ・・戻ろう・・と思って踵を返した
とたん、

背後の遠い松の老木の枝の上に人影を見
た気がした。

紫の衣!風でなびく白い髪。
その隣に小さな影。

鬱蒼とした林の老木の太い枝の上に人が
いる!

あれは・・・・
白髪の老人と子供??
老人は異様な面をつけている!
子供のほうは小さな女の子のようだ。

そのあまりの面妖さにそばの松の木に体を
隠し、うっそうとした草むらに身を屈めて
息を潜めていた。子供がひとりすっぽり
隠れるくらいの草丈だ。その隙間から私は
こわごわと見ていた。やがて老人は烏帽子
をはずし、白い髪をはずし隣にたたずむ
童女にそれらを渡した。童女は氷のような
無表情で受け取っていた。
さらにゆっくりと面をはずす・・。

すると・・・

細面の若い顔が現れた。
髪は黒く艶やかで両方の房の一部が炎のよ
うに赤かった。瞳は切れ長で冷たく美しく
・・・そう、この世のものとは思えない雰
囲気を醸し出していた。
  彼はきゅっと目をつむり天を仰ぎなにか
風を読むようなそんな仕草をしていた・・。
紫色の狩衣の袖がはためく。


”綺麗な人だ・・・。”

幼い心の中でまぎれもなくその樹上の青年を
美しいと深く感じた。
気配を隠して身を締めて松の木の裏からその
姿を盗み見ていた。
宙を見上げながら何かを祈るしぐさ。
きっと天人か仙人にちがいない。


「若様~~~~!」

突然、松明を持った供の者どもが息を切ら
して探す声が響く。はっとして気が付くと、
もう、二つの人影はかき消すように見えな
くなっていた。


あれはいったい・・・・。
あれがもののけなのか?

あれがもののけでももう一度会ってみたい。


-------------その日から・・その美しい姿は
目に焼き付き私の心の大切な部分の席に
「彼」は棲みつく様になった。
寝ても覚めてもあの黄昏の風の中見た姿が
往来し・・・。
そう・・・たぶん「初恋」だ。

どんな女人が巧みな文を送ってこようともあ
の人の姿以外に心が靡こうとはしなかった。
 

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1000年の時の軌跡を超えて・・

「というわけで、なぜか”宴の松原”にいる
わけだ。」

謎の電車からいつ下車したのだろう?

いつのまにか「古都」に私・頼光はいた。
しかし、・・不思議なことに時が凝固した
ように何も生物は動いていない。
ただ、風だけがあの時と同じように晩秋の
香りをはらんでいた。

あの時とまったく同じ、遭魔刻の”宴の松原”
だ。

「なぜ・・・ここに?」
「お前が望んだからだ。頼光。」

晴明だった赤い髪の男はそう静かに言った。
黒いコートのポケットに手を突っ込んだまま
秋草を踏みつけて歩きだした。

「私が?・・・望んだ・・・。」
(そうかもしれない。だって・・ここは・・。
初めて出会った・・記念の場所。)

大切な妹にはなんでも打ち明けてきた。
彼女は精一杯の愛情で私を支えてくれた。
・・・そんな愛らしい妹にさえ、この道な
らぬ初恋の話はしていない。彼女が女官と
して仕えはじめるとあちこちの高貴な女人
が妹に私宛の文を託すので妹はやや膨れっ
つら気味だった・・。しかし、私がそれら
の文にそっけないとしると安堵していた。
・・・だが、理由は別にあったのだ。
その「理由」はとても妹に話せるもので
はない。


黄昏の風の中・・あの時と同じ・・

赤い髪がなびいている。瞳は何処か遠いとこ
ろを見つめている。
無表情の横顔の中に見え隠れする・・・彼独
特の寂しさ。

急にいとおしくなり背後から彼に抱き着く。
「!!」
「・・・・・晴明。」
「・・・・・・・・・頼光。」

・・・彼は後ろから抱き着いて胴に回した
私の手に自分の手を重ねた。

「・・・・・暖かい・・。」

静かな鼓動が一つになる・・。
私たちは長い間そうして風に吹かれていた。
松の枝のあいだに風が抜ける音しか聞こえ
ない。私の記憶が消えてしまう・・・そう
聞いたときから私は彼との刹那が宝物のよ
うに思えてしかたがない。

あの遠い昔に、ひとめぼれした彼が私の腕の
中にいる・・。私はもう平安の少年ではなく
・・成人化した21世紀の頼光の姿だけど。

・・晴明は・・あのときのままだ。
変わらない・・。


-------------私は感慨無量だった。-------------
 
背後で抱きしめながら1000年以上の時を経
て出会った愛しき人を離すものかと思った。
やがて、コートの上からまさぐるように彼
の躰をなでまわした。晴明はくっと軽く仰
け反った。
<夢かうつつか・・あの電車の中でたしか
にいちど抱いたのに・・。>
黒衣の下にある美しくて淫らな躰の隅々ま
でも私は知ってしまったのに。
今・・・とても新鮮に感じる。

この初めて彼とであった松原の風の中、
あの少年の頃と全く同じときめきが満ちて、
彼を夢中で抱きしめた。


太い松の老木に押し付け、正面を向かせると
強引に口づけた。
晴明・・いや万歳楽と名乗ったこの青年は
赤く長い前髪をゆらして悩ましく軽く抵抗
してみるが、私にとってはそれさえもいと
おしくて仕方がなかった。

いとおしい。
いとおしい。

やがて彼の手も私の首にまわり
私を引き寄せた・・・・。

燃え上がる長年の想いに晩秋の冷たい風が

吹き抜けても何も感じなかった。

夢中で万歳楽をかき抱く・・。
   

宴の松原

もののけがでようがかまわない!
もう帰れなくてもかまわない!


この思い出の地で思いを遂げたい!



                     <終わり>